【単発】百聞は一見に如かず

百聞は一見に如かず

青年は夢を見た。何度も見せられた夢。

昔の辛い思い出をフィードバックさせる、質の悪い夢。

今日もまた見てしまった。

青年はうんざりする。夢の内容は脳が決めているはずなのに、嫌なものばかりを見せてくる。夢なんだからもうちょっと夢らしいというか、空を飛んだり宇宙に行ったり、好きな女の子と付き合ったり、起きたら儚いと思わせるものを見せてくれれば良いのに。

青年の脳はサディストだった。

徐に目を開く。少年の部屋はいつも通りの朝を迎えつつあった。時間の余裕を感じ、青年は思いに耽る。

青年はいつから夢を見なくなったのだろうか。

唯一覚えているのは、保育園の卒園式の時に「新幹線の運転手になりたい」と言ったことだけ。その他に青年には夢を抱いた記憶が無かった。

それに近いものは中学校の時。自衛官になりたいと思った。

でも、それが夢かと聞かれたら青年は違うと答える。あれは目標だ。想像のままに憧れるものではなく、厳しさを知りながら目指したいと願うもの。夢と目標は違う。

けれど、結局青年は諦めた。高校生になって試験を受けはしたが、自由に生きたいと思うようになった青年と自衛隊の相性は最悪だった。それに試験は不合格で諦めるには格好の材料となった。

それ以来、何かを追いかけるということは無くなってしまった。

ということは、中学生の頃に夢を見なくなったのだろうと青年は考え、腑に落ちた。

中学校は夢のかけらも無かった

現実でやりたいことは何もなく、ゲームに逃げる毎日。

毎日何かしらで怒られる部活は1年生の夏時点で体に不調が表れるほど嫌だったのに無理やり続けさせられ、同級生のレベルが高くてついてもいけず努力もしなかった。

努力をしないからそうなる?勿論当時の青年はそう言われた。教師にも言われた。青年はその時何か言いたくなったが、言葉にすることができなかった。

だが、今の青年なら言葉にすることができる。

人は壁を見上げて挫折する生き物だ。同級生のレベルは高く、青年のレベルはお世辞にも評価できるものではなかった。運動神経が良くないのに、視力も悪いときた。自分ではどうしようもないので誰かを頼りたいが、誰それを信じて頼っても明るい現実はやってきそうにない。顧問からの精神的ストレスも半端なく、自己肯定感はダダ下がり。

どうやってモチベーションを高めろと言うのか。

青年はその時既に現実を見せられていた。

百聞は一見に如かずという言葉がある。もちろん青年も知っている。

多くの人は百聞よりも一見に価値を置くが、青年は違う。

青年は一見することの残酷さを身に染みて知っていた。

勿論、想像以上のものを見ると感動するのが人間だし、青年もそうだ。

けれど、現実は青年の想像を上回ってくれない。

動画や本や噂話ではとても魅力的なイメージが出来上がっていたのに、いざ見てみると拍子抜け。こんなもんかと冷めてしまう。

良くも悪くも現実。

そんなことを繰り返すものだから、青年は「百聞」の方に重きを置くようになった。

想像は想像のままでいい。青年は想像することが好きだった。だから、何か技術を身に付ける以外に確実にすることはなるべく避けたいと、青年は思うのだった。

それでも、青年の脳は現実を見せ続ける。

夢というクッションの無い青年の心は、今も現実に圧迫され、挫折し続けている。